続・今日もやっぱりかえる顔

なぜか巻き起こってしまうまぬけな日常を、ひらがな中心のまぬけなテイストでお届けします。ときどき乃木坂46。

「びんぼう生活スタートの夜」の巻

タクシーに乗った僕は
沈黙に耐えていました。
こわそーな運転手さんは
何にも言わないで運転をするからです。
ちょっとは
「いい天気ですねえ」とか
話してもらいたいものです。
夜なので何も見えませんが。

あんまりなんにもしゃべらないので
どんどんこわさは増すばかりです。
静かな車内でエンジンの音だけがこだまします。

こんな状況になると
へんなことばっかり考えちゃうんですねえ。
山の中かどこかの
こわいところに連れて行かれるのではないか、とか
ホンコンかどこかに売り飛ばされるのではないかと
ぜったいにありえないような
考えが浮かんできます。


そのうちマイナス思考はさらに発展し
「ホンコンに売られるんではないか」という心配よりも
僕の興味は
「いったいいくらで売られるのか。
 ちゃんとまじめに働くから10万円以上で買ってほしい」
ってぜったいありえない方向にに
しぼられていきました。
3割り増しの料金のメーターと一緒に
ずーーととっても気になっていることでした。

しばらくすると
タクシーは無事目的地に到着しました。
運転手さんは無言のままです。
到着した場所は
山の中でも、ホンコンでも、
ホンコンに輸出する港でもなく
とある見知らぬホテルの前でした。

やはり心配はしなくてよかったようです。
ちゃんと気をきかせていただいて
運転手さんの知ってるホテルまで
連れてきてもらったようです。

でもタクシー料金は3割り増しなので
3000円をこえていました。
これまでタクシーを利用したときの
最高記録です。
タクシーでそんなお金払ったことないなあと思いつつ
タクシーを降りました。
ホンコンに売られる話は
もうどこかへ飛んでしまっていました。

ホテルへ入ると
フロントの従業員の方に
部屋が開いているかどうか聞いたところ
残念ながら満室だということでした。

まあこんなこともあるでしょう。
1件のホテルだけでは
満室ってこともよくあることです。
近くのホテルの場所を聞いて
別のホテルへ向かいました。
が別のホテルでも
またもや残念ながら満室で
泊まることができないとのことでした。

別のホテルで聞いた話によると
もうひとつホテルがあるそうで
場所を聞いて行ったところ
そのホテルもまたもや満室でした。

せっかくタクシーの中であったまった体は
ホテル探しですっかり冷たくなって
しまっていました。

時刻はもう12時を過ぎています。
街は人影もまばらです。
電車も終電を迎えたようです。
そしてもう近くにホテルはありません。

ホテルに泊まれなくなってしまった僕は
氷点下の気温のこんな寒空の下
長袖1枚の僕はどうやって朝まで過ごせば
いいのでしょう。

どこか入って休めるお店を探したのですが
もう夜も遅く
お店はだいたい閉まっています。

今のように深夜営業のまんが喫茶や
からおけぼっくすがあったらよかったのですが
当時はありませんでした。

そうしてるうちに
深夜になるととうとう
いいかんじで雪が降り始めました。
まるでテレビドラマのような
いい感じの雪でした。
どおりで寒いはずです。

季節はずれの雪の中
僕は体を休める場所を求めて
街を歩くしかありませんでした。

どれくらい歩いたことでしょうか。
やっと赤い光の場所に
人が集まっているのが見えました。

赤い光をめざしてあるいていくと
赤い光の場所は
なんと交番でした。

本当は交番なんか行きたくはないんですが
寒くて仕方ないので
どうのこうのと
言っている余裕はありません。
ここは事情をしっかり話して
交番に一晩おいてもらおうと思いました。

「こんばんわ」とおそるおそる
交番に入ると
そこはあったかそうな
だいだいいろの光にあふれていました。
オレンジ色ではなく
小学生が使っているぺんてるくれよんに入ってそうな
だいだいいろです。

警察の人はぜんぶで5人くらい
いらっしゃったんでしょうか。
あかあかともえる白いストーブを
囲んで談笑されてました。

僕は一番近くの警察の方に
事情を説明しました。

今日上京してきたこと。
アパートをかりたが暖房器具や服、ふとんなど
なんにも寒さをしのげるものがなかったこと。
ホテルが満室で泊まれなかったこと。
そして寒くてしかたがないので
あったまらせてほしいこと。

標準語をまだうまく話せなかったんで
あんまり話したくなかったんですが
最後の気力を振りしぼって説明をしました。
きっと交番は公共の機関だから
泊まらせてはくれなくても
しばらくあったまらせてもらえると
思ったからです。

一通りかいつまんで説明をしましたが
警察の方の反応は
とてもよいものには見えませんでした。

「ここは何か事件が起こったら
 みんな行かなければいけないので、
 ここにいてもらっては困る。
 どこかへ行ってくれ」というのです。

どこかへ行ってくれと言われても
どこにも行くところがないから
困ってしまったから交番に来ているのです。
誰が好きこのんで
何にもないのに交番に遊びに行くわけがありません。
教えてもらいたいものです。

でもここで立場が明らかに弱い僕は
「そういわないで、ちょっとおいて
 あったまらせてくださいよー。」
と笑顔で、いかにも感じ良さそうに
さっきつんけんしていた
一番近くの警察官の方に話をしました。

相手の顔は自分をうつすかがみと
小学校の時の恩師の先生が
おっしゃってたのを思い出しまして、
おもいっきりつくり笑顔を振りまき
ながら話しました。

警察の人だっておにじゃないんだから
これでしばらく置いてくれるだろうと思っていると
逆に警察官の方ったら
顔がどんどんこわばっていくのが
わかりました。

「だめだって。事件があったらどうすんの。」
と思いっきり東北弁で
僕をどなられました。

「だったら事件が起きてみなさんがいなくなるまで
 おいてもらえますか?」
さっきの作り笑顔はどこへやら
もう懇願に変わっていました。
ここを追い出されてしまったら
本当に真夜中の雪の中、どこへも行くことができません。

「だめだったら、だめだ。」
東北弁で大きな声で言われてしまいました。

他の警察官の方は
僕の存在は気がついているのでしょうが
まったく気にせず、談笑を続けています。

「僕は今日東京に出てきたばかりなんですよ。
 おまわりさんも田舎から東京へ出てきたんでしょ。」
と言うと
おまわりさんは
「そんなにあったまりたいんだったら
 りゅうちじょに入れてやる。」
と僕に言いました。

りゅうちじょ?
一瞬わかりませんでしたが
だんだんわかってきました。
りゅうちじょってまさか
漢字で書くと留置所ではないでしょうか。
りゅうちじょ=留置所=はんにんさん=つかまる=逮捕=懲役うん十年
簡単な式が次々と
僕の頭の中で作られていきました。

留置所って犯人さんが入るところでしょ。
僕は何の罪で留置所に入らなければいけないんでしょうか?

そう考えていると
おまわりさんが続けます。
「留置所はいいぞお。
 あったまれるぞう」と
さらに追い打ちをかけて
僕に言葉を投げかけました。

留置所は困ります。
かぜがふけばおけやがもうかるほうしきで
考えた結果
懲役うん十年になってしまいます。
そう思うと本当に留置所に入れられるんではないかと
こわくなり言葉が出なくなりました。
今考えると悪いことやっていないんだから
留置所にいられるわきゃないんですが
18歳の僕はじゅんじょうだったんですねえ。

すると警察官の方は
「この道をまーっすぐ行くとすぐに深夜営業のレストランがあるから
そこですごせ。いやだったら留置所へ送っていくぞ」
と言われたので
あわてて交番を飛び出しました。
そのときの反応速度は
きっと僕の最高記録だったのではないでしょうか。

警察の方の言われるとおり
この道とやらをまーっすぐ行ってもなかなか
深夜営業のレストランは見つかりませんでした。

レストランが見つかったのは
ずいぶん道を歩いてからでした。
なかなか見つからないので
もうこおっちゃうんじゃないかと思うくらい
寒くなってしまいました。

すぐ着くってはなしだったんですけど
すぐつきませんでした。
きっと警察の方は自分がいつも行く
チャリンコかバイクの感覚で
すぐそこのイメージだったんでしょうが
実際歩いてみるととっても遠く感じました。

見つかったレストランはジョナサンでした。
そこで当時飲めなかった
大人の味の「こーしー」という未知の飲み物を注文して
一晩ここで落ち着いて眠ることにしました。
そのとき時計は2時をまわっていました。

どれくらい時間がたったことでしょう。
やっと体があったまってきたなあと
思ったときでした。
なんと従業員の方の話では
じょなさんは閉店ということでした。

閉店と言っても店じまいではありません。
本日の営業を終了するっていうんですよ。
ファミレスって24時間営業じゃなかったでしたっけ。
せっかくあったまってきたところだったのに
ふあみれすも交番に引き続き
またまた追い出されてしまいました。

仕方がないので電車に乗ることにしました。
もうしばらくすると始発電車の時間です。
駅まで歩くとかなりの距離がありそうですので
そのうち朝がくるでしょう。

またとぼとぼとさっき来た道を
かえることになりました。
駅に向かう途中に
僕がさっき追い出された
交番を通りました。

交番では僕をさっき
留置所に入れるっと言った
東北なまりの警察官の方が
まだストーブを囲んで
談笑をされていました。

「あんな『事件ででかける』とかいっておいて
結局ずっといたんじゃん。」と
つっこみたくなりましたが
そんなことを言いにいって
警察官の方がさらにご機嫌ななめになって
本当に留置所に連れて行かれたら困るので
つっこむのはやめておきました。

しばらく寒い中歩いて
無事駅に着き、始発電車に乗ることができました。
終点まで行って
折り返してまた町田に戻ってきた頃には
もうすっかりいい天気です。

夕べの雪がたくさん積もっていました。
それがあんまりきれいなので
夕べのつらーいできごとはすっかり忘れて
公衆電話で田舎に
「雪がたくさんつもったよー」と
のんきに電話をするmoderateでした。

最後はとっても早口になりましたが
これでいちおうながーく続いた
びんぼうシリーズはおわりです。

当初は3回シリーズのつもりだったんですが
できるだけ情景描写をくわしくしなきゃなあと
おもっていたら
とっても長くなってしまいました。
どうもすみません。
今後ともかえるがおをよろしくおねがいします。