続・今日もやっぱりかえる顔

なぜか巻き起こってしまうまぬけな日常を、ひらがな中心のまぬけなテイストでお届けします。ときどき乃木坂46。

恋愛はゴシップなのか必要な発達課題なのか考えてみた

こん○○は、かえるがおです。

今回は久しぶりの新作書き下ろしの記事です。

記事を書くからには、何を書きたいのか主題があり、それに沿って文章を展開して、読んでいただける方にとって有意義な記事にする必要があります。ブログを書く者にとっては当然一番大切にしないといけないことです。

しかしながら、今回の記事の主題については、きっととてもわかりにくいと感じられると思います。

その理由として、そんなにたいした問題でもないのに、この記事に書くことで、本題で誰かを傷つけたくないと思っているからです。抽象的な表現になってしまって申し訳ありませんが、どうかご理解をお願いします。正直たいした話ではありません。

ただし、副産物ではありますが、学校の先生との関係に悩んでいる学生の方々にとって、少しでも気が楽になる記事になれば、という思いも込めてみました。

今回の登場人物は、学生時代のわたしです。ただ単なる昔ばなしから物語は始まります。

 

 

恋愛という発達課題


精神的に成長するためには、ある程度順番に応じて発達課題をクリアしていく必要があります。そうやって、精神的に大人へと成熟していきます。

また、恋愛においても、発達段階に応じた発達課題があると思っています。

中学3年生の頃のことでした。

同学年の別の学級に、横浜からおしゃれな女の子が転校してきました。

九州の片田舎で青春時代を過ごしていましたので、標準語のイントネーションと、そして近所の寿屋(街で一番大きいスーパー笑)には売ってなさそうな、おしゃれなファッションセンスにカルチャーショックを受けました。

当時は恋愛がどういうものかもちゃんと理解していませんでしたから、おしゃれな女の子を見て恋愛感情を持ったと思ったんでしょうねぇ。その後とんとん拍子に進み、どういうわけか、その女の子とつき合うことになりました。

つき合うっていっても、放課後ずーっと話をしているとか、公園で話をしたり、喫茶店に一緒に行ったことがありました。そんなお付き合いでした。


お互いに本当の恋愛がわからず、恋愛に夢見ている頃ですから、2人で話をしているときには、どこでも2人の世界に入り込んでいたんでしょうねぇ。いろんな同級生から話している場面を目撃されるようになりました。

正直言うと、きっとこの頃はほかの人に見られるということが、その後どんな影響があるのか、知らなかったと言った方が正確なのかもしれません。ただただずーっと話しているだけなので、悪いことをしている意識もありませんでした。

内申書の成績が下がる


異変はすぐに訪れます。
現代社会の教科担任の先生から、彼女が呼び出されたというのです。

よくよく内容を聞いてみると、
お前がつきあっているあいつはワルだから、早く別れた方がいい
と説得されたと彼女が教えてくれました。

"あいつのワル"というのは、どうやらわたしのことのようです笑

なんで、まーったく関係ない、教科担任の先生に別れるように言われなきゃいけないのか、とっても理解することができず、最初のその時は笑い話で終わりました。

すると、へんなことが起こり始めます。

現代社会の教科担任の先生は、わたしのクラスの教科担任の先生でもあったのですが、社会の成績が急に1学期の5から3に下がってしまいました。

すごく頭は悪いんですが、理社は得意だっただけで自慢でも何でもないんですよ。ただ学級で2番目の点数だった社会が中3の2学期、内申書の最後の成績で3に下がってしまいました。

確かに高校受験を目の前にしているので、ショックではありました。でも原因は明白でした。おかしいと思った初任者だった担任の先生も、その社会の先生に掛け合ってくれましたが、"態度が悪い"とのことで、残念ながら成績は下がったままとなりました。

別れのための環境づくり


わたしは男だからいいですけど、問題は彼女の方です。自分のせいだと思い込んでしまったようで、そうとうこたえたんでしょうねぇ。美人というよりかわいい笑顔が似合う女の子だったのですが、見る影もなく心労で痩せてしまいました。そういうやさしい子だから当時ひかれたのかもしれません。


ちょうどその頃でした。教科担任の先生にことあるごとに呼び出され、わたしと別れるように説得されてたことを、彼女がやっと教えてくれました。

日に日に心労が溜まっていく彼女を見ていることができなくなって、ついに彼女と別れることになりました。まぁ、つきあってたと言っても、そのつき合う意味もわかってませんでしたので、別れると言っても全然日常は変わんなかったんですけどね。

急に態度が変わって、授業中にウキウキしながら上機嫌になったその教科担任を見ながら、”こいつ、ぜったいに許さない”と思っていました。

自分の内申書の成績が悪くなったことよりも、大切な彼女を苦しめたことが若いわたしには、どうしても許せなかったのです。

正しいことが通用するとは限らない


現在学生の方にとってみれば、わたしのように教員との軋轢で悩んでいる方も大勢いらっしゃるのではないかと思います。

そういう教員との関係に悩まれている方に、1つだけ言わせてもらいたいのが、教員もただの1人の人間にすぎないということです。教員だからと言って、偉いわけでも尊敬しなきゃいけないわけでも何でもありません。

教員でも1人の人間である以上は、普通の人と同じようにたくさんまちがえます。ただ単に、学校という教育現場で、生徒を評価するという権限があるため、立場が強いだけです。本来であれば、教員も生徒と一緒に成長する存在であるはずです。

残念ながら世間は正しいことだけが通用する世の中ではありません。思春期の方にとってみれば許せないことかもしれませんが、悪いことがまかり通ることもたくさんあります。それは、正真正銘の事実です。申し訳ありませんが…


正しいことが正しいといえない世の中について、大人の代表としてお詫びしたい気分です。正しいことがちゃんと通用する社会を作ることができなくてごめんなさい。

でも、そんな正しくないことがまかりとおっているときには、わたしはいつも思ってしまいます。

きっとこいつ、いつか罰が当たるはずだ、って。

それくらいのことしか、時代の流れに抗うことができない小心者なんですけどね。

正しくないことの結末


社会の教科担任の話に戻ります。

その後、わたしは大学生のときに、地元の九州でも教育実習に行きました。わたしのゼミの先生が、ある教科等の第一人者と言われる高名な先生でして、ただの教育実習生の研究授業(ただの授業発表れべる)に、地域の学校の管理職の先生や地域の教育長までやってこられました。もちろん目当てはわたしではなく、わたしの恩師の先生の講評という名の講演です。

当時社会の教科担任は、地域の教頭(都でいうところの副校長)になっていました。でもただひとりだけ、わたしの研究授業にやってきませんでした。

その後教員となって、地元の研究会に参加するときにも、わたしが参加することがわかると、その教科担任、当時校長はその会ではまーったく見かけることがありませんでした。

わたしの方としてみれば、こいつ、せったいゆるさない、って思った中学時代の思いは、すっかり忘れているにも関わらずです。わたしの中ではそんなやついたなぁ、レベルにしか今は感じていません。

こんなふうに、教科担任だろうが校長だろうが、ひとりの人間です。すべて正しいとは限りません。ただ立場が強いので、ご両親や友達、そしてわたしのように恋人に迷惑がかからないように、人として尊敬できない人がいても、最後までこちらが人として誠意を見せるだけでいいと思います。表面的で大丈夫です。心の中はこのやろーって思っていても大丈夫です。

ただし、必ず心の中に絶対に持っておいてほしいのは、自分の思いを曲げないことです。自分はこう思う、今は認められなくても、自分はこうありたいという、自分の存在意義、そして自分の気持ちさえ曲げないで持っていれば、わたしの時のように、時間の流れが、どちらが正しいのか、そしてどちらが悪いのかを証明してくれると思います。

恋愛の発達課題の1つ


恋愛を実感できない中学時代のわたしが、意図せずまわりの目を顧みず、彼女といちゃいちゃして恨みを買ってしまったお話でした。

わたしに限らず、すべての方が恋愛の発達段階のある過程で、まわりが見えなくなってしまって、2人の世界に入り込んでしまうという経験があることだと思います。この過程を通過しないと、社会の中で認められながら異性と付き合うという本当の意味合いを理解できない、恋愛における大切な発達課題だといえるでしょう。

今振り返ってみると、この恋愛は厳密に言うと、本当に恋愛感情ではなかったんだと思います。こういう経験を通して、真実の恋愛がわかっていく大人になるための過程の一つに過ぎません、そう思えてしまいます。

すべての人にとって…たとえアイドルであっても、普通のひとにかわりありません。

昔ばなしが長くてすみません。もう少しだけお付き合いください。次は高校の頃の話です。

バイト禁止の学校でバイトをする


今もそうですが、わたしはマイペースで変わっているんでしょうねぇ。
1日9時間授業の進学校に通っていたのですが、3分の2出席すれば単位がもらえるので、3分の1は授業に出ないでさぼろう、となぜか心に決めていました。本当にへんですよねー。

一度この計算がくるってしまったことがあって、大変な目に合いました。高3の物理かなにかの最後の授業が先生の急病で流れてしまい、卒業を前に1時間出席時間が足りなくなってしまいました。

先生に呼ばれて、留年って言われてしまったんですが、1時間授業時数を少なくしちゃったのはそっちの都合だし、たまたま直前のその教科でいい点数を取っていたので、やっと留年は逃れたのですが、あの時は結構ビビりました。相当ビビったみたいで、今でも"あ、出席日数がたりない!"って夢に出てくることがあるくらいです。


そんな高校時代の話です。

バイト禁止の学校で、バイトをバレた生徒は謹慎か停学の処分を受けるような学校でした。ただ、わたしはマイペースでずぼらですので、世間しらずでなーんにも考えてなかったんでしょうねぇ。

いろいろほしいものがあるからと言って、まったくお構いなしにバイトをやっていました。

1つ目のバイトがゴルフ場のキャディーです。

ゴルフはぜんぜん知りませんが、バッグを担いでホールを回るだけで、運が良ければチップももらえるというバイトでした。

キャディーの部屋があって待機していると、お客さんが来れば出ていって、ホールを回るというシステムでした。

ただ、ある日呼ばれてお客さんの目の前に出てみると、自分の高校の先生チームがなんとお客さんで、あわてて一目散に走って逃げることになりました。前代未聞のピンチは、何とか逃げて事なきを得ましたが、この出来事以降、頻繁にキャディーのバイトはできなくなってしまいました。

郵便配達で停学!?


もうひとつ高校3年間続けたバイトが郵便配達のバイトでした。
市内一番の繁華街がわたしの担当でした。

高校時代といえば、学校で一番厳しかったのが進路指導の先生です。噂ではとっても厳しくとっても怖いと有名な先生で、進路指導で推薦の枠もその先生が決めているため、一番怖がられていた先生でした。

ある日なにげなーく、自分が配る区域の郵便を配っていたら、ある家の方の名前が、そのこわーい先生と同姓同名であることに気がつきました。

いつも奥さんが感じよさそうに、郵便を受け取ってくれる家だったのですが、もしその怖い先生の家だとしたら、バイト禁止の学校ですのでもれなく謹慎、もしくは停学処分を受けなければいけなくなってします。

あわてて学校で、進路指導の先生の住所を確認したところ、な、なんとわたしが配っている区域の、その同姓同名の家の住所と全く同じ住所でした。同姓同名ではなく、進路指導の先生その人の家そのものだったのです。

一番怖いと有名なその先生の家に郵便を配っているわけですから、リスクがとても高くばれたら謹慎、停学という局面です。この時点でバイトやめりゃーいいのに、ほんとにわたしの思考回路はどーも変わっているようでして、バイトをやめないんですよね。

見つかんないように努力をしようと、なぜか時々発揮されるどこからくるのかわからない、びっくりするような前向きな思考でバイトを続けるのでした。

そううまくはいかない


当時の作戦はこんな感じです。

先生の家一帯を配る時には、チャリンコを目立たない遠いところに止める。
郵便の束を持って一帯配る。
もしバレたときには通行人を装う。
そして先生の家は走って逃げるように配る。

これでばっちりです。もし目撃されてたとしても、わたしが郵便配達をしているとはばれないことでしょう。

ところが、世の中そんな思ったようには、ならないものです。

なぜか先生の家を配る時には、やさしそうな奥さんが、お菓子と牛乳を用意してくれて、待ってくれているようになってしまいました。

ただの郵便配達のバイトに対して、毎日毎日お菓子と牛乳を用意してくれているのです。どんだけいいひとなんでしょ?いやいやそんなこと言ってる場合ではありません。正直とっても困ります。

わざわざ用意してもらっているのに、手を付けないわけにはいきませんので、あわてて味もわからないくらいに、牛乳とお菓子をかきこんで先生が現れないうちに、逃げ出さなければないけません。

ちなみにわたしは牛乳が飲めません。あれって、牛さんの飲み物でしょ?という言いたくなるレベルに苦手で、すぐにもれなくおなかが痛くなります。でも、そんなこと言ってもたもたしていると、先生にバレてしまいますので、どんなにおいしくなくても、牛乳を一気におなかに流し込みました。

 


また、先生んちはお金持ちだから、めちゃめちゃいい牛乳を普段から飲んでいるらしく、とっても牛乳が濃く、口に含んだだけで噴水のように吐き出しそうな、1リットルパックの牛乳を、まるごと出してくれるんですよ。

せっかく好意で出してもらってるのはわかるんですが、まぬけな顔して食ってるところを先生に見られたら困るし、かといって牛乳は濃いし、ほとほと困り果ててしまいました。

今考えてみると、お寿司が用意してあったこともありました。このネタ旧かえるがおのときも書きましたが、お寿司については今頃ふと思い出しましたよ。

ついにその日はやってくる


まぁ、こんなことを繰り返していれば、あとは確立の問題です。読者の皆様はもううすうす気づいていらっしゃるかと思いますが、もちろん先生と鉢合わせをする日がすぐにやってきます。

いつものように牛乳を一気に流し込んでいると、ひろーい裏庭からひとりの男性がこちらに歩いてこられました。よーく見ると私服ではありますが、その私服の頭部にはよーく見慣れた顔が乗っかっていました。


あ、やべー、山下先生だ!

あ、名前書いちゃいました。まぁいいでしょー笑

牛乳をおいてあわてて走って逃げ出そうとすると、
「かえるがおくん、かえるがおくん、家内から聞いてるよ。よく頑張ってるって」

なんて、想像の斜め上を行くお言葉が返ってきました。

へ、わたしは校則違反のバイト中っすけど…

ひょっとしたら、油断させておいて捕まえる作戦かなにかだと思い、先生をよーく見てみたところ、なぜか学校では見たことがないような満面の笑顔でした。どうやら本心から、わたしががんばっていると評価してもらっているご様子なのです。

ちなみに当時のわたしは3分の1の授業に出席しない作戦と、お昼はラーメン屋に抜け出してラーメン食べる作戦まっただなかでございます。

そのわたしを、学校で一番怖いと有名な進路指導の山下先生(何回も実名出してしつこい)が、ねぎらってくれているのです。

にわかには信じられなかったのですが、実際に現実に起こっている出来事でした。

でも、きっと学校で会う時にはまたあの怖い山下先生に戻っているだろうから、プライベートの今は何もいわれないけど、きっと学校で処分を受けることになるんだろうなーなんて思っていました。

ところが、何日待っても何か月待っても学校で、先生からの呼び出しはありませんでした。それどころか、先生もわたしが郵便を配達するのを待っていてくれて、話を交わすまでに仲良くなりました。

結局、わたしは学校にバイトがばれるわけでもなく、処分を受けることもなく、高校を卒業することになりました。

真相は闇の中


この学校で一番こわい山下先生は、わたしのバイトのことは最後まで学校には、内緒のまま言わなかったんですねぇ。しかも学校をさぼっていたわたしに偏見も持つこともなく、きっと自分なりに主体的に高校生活を送っていた、わたしの存在を認めてくれていたのかもしれません。

真相を聞いたことはありませんので、今でも闇の中です。わたしは恩師と呼ばれる先生に巡り合う運がかなりいいようで、これまで本当に助けてもらうことが多くありました。

特に今まで生活してきた中で、山下という名字の人は仲良い関係になる人が多いんですが、とってもいい人ばかりなんですよね。山下という名字なだけで、親しみと感謝の気持ちを持ってしまうのが不思議です。ただの名字なんですがなぜなんでしょ?

後でわかったことなんですが、先生の奥さんがわたしと同じ町内の出身で、ちっちゃい頃からわたしをよく知ってたというのは後で聞きました。どうもうちの祖父母にお世話になったって言ってましたねー。でもその程度です。やっぱりありがたいと思ってしまいました。

先生にはとってもよくしていただいたのですが、先生が入院された時、学校ではその入院の理由をみーんな知ってたことがありました。ぢ、で入院だって。

あれをばらしたのは、実はわたしです。先生にはよくしてもらったのに、あの時は本当にすみませんでした。

クラスメイトの反応


わたしの高校のバイト生活は進路指導の山下先生だけでなく、クラスメイトにも助けられました。繁華街を配達していたので、まぬけな顔してチャリンコで郵便配達をしていると、クラスの女の子とかにも当然会うわけですよ。


あー、かえるがおくん、いけないんだー

なんて、おっきい声で言われるのですが、不思議と誰一人学校に通報する人はいませんでした。1人は旧かえるがおの読者の方だったので、なぜ学校にチクらなかったのか聞いてみればよかったですね。

今想像してみると、わたしという人格を大切に認めてもらっていて、当時その程度の精神構造で正しい判断ができないこともちゃんと理解してもらっていた、そしてそれよりなにより、何が一番大切なのかわかってもらっていたんじゃないかと、当時を振り返ってみて思います。

先生にもクラスメイトにも今さらですが、感謝の気持ちしかありません。

まとめ


このながーい文章を通してわたしが言いたかったことは2つです。

まず、みんな誰しも幸せな家庭を作る権利があります。ただし1年生の勉強から徐々に難しい学習内容を習うのと同じように、異性を見極める目や恋愛にも発達段階があり、発達課題をクリアしながら、成長していくことでしょう。なんだって同じです。

それがアイドルとかどの職業にも関わらず人間であれば、遺伝子にインプットされた当たり前のことではないでしょうか。

それをアイドルだからと言って、自分にひたすら厳しく、精神力で恋愛に向く感情を抑えられているメンバーの方は、その強靭な精神力に人として本当にすごいと尊敬してしまいます。さすがプロフェッショナルだと思います。

ただ、アイドルや特殊な職業の中でも、恋愛に気持ちが向いてしまっても、仕事がおろそかにならないのであれば、普通の人として当たり前の分だけ、わたしはそれでもいいと思ってしまいます。意見が分かれるところだと思いますが、1個人としての本心です。

  

恋愛のことをメディアではゴシップと表現することもありますが、本来はゴシップでも何でもなく、人として生まれたからには当たり前のことです。ゴシップと表現するのであれば、報道する側の自分の恋愛もゴシップだから、自分も恋愛できないって話です。極論ですけどね。


アイドルに限らず、私服でゴミ出しとか近所のスーパーや薬局で買い物するとか、普段の仕事の様子とプライベートのギャップがあっても当然です。そんなところをもし見かけたとしても、ギャップをあげつらうのではなく、学生時代周りの人が教えてくれたように、わたしは個人の方が大切で、職業としてサービスを提供してもらえる、その本質に感謝したいと思いました。

プライベートでもいろいろ考えないといけないことや、心配なこともあるのに、仕事としてアイドルを提供してもらえることって、きっとファンが思うよりすっごく大変なことだと思うんですよね。やっぱり正直すごいと尊敬してしまいます。

今回の記事ですが、さすがに何を言っているかわからない、自己満足の記事になってしまいました。本当に申し訳ありません。

ただし副産物が生まれたようで、受け取っていただく方法によっては、教員との関係に悩んでいる学生の方々に、少しでも参考にしてもらえるとうれしいです。どーでもいい長い話、たいへんしつれーしました。

みんな、がんばれ!
わたしも負けないようにがんばりまっす。もうすでに負けそうですが…