こん○○は、かえるがおです。
現在大手動画サイトYouTubeで元乃木坂46メンバーの橋本奈々未さんを検索すると、
公開されている動画が検索結果に表示されないことが、確認されています。
実際の問題として、動画自体は削除されていませんので、別の検索方法で動画を視聴することは可能です。
今回の検索結果を制御するというYouTube側の対応から、忘れられる権利と忘れられない権利について、法的な難しそうな話は置いておいて、乃木坂ファンとして率直な気持ちをまとめてみたいと思います。
出典:YouTube「橋本奈々未」検索結果
ブログのコンセプト
2014年欧州司法裁判所で、スペイン人の男性が1998年に社会保障費を滞納したと記載されている記事を削除することが認められました。
16年前のちょっとした滞納が、いまもなお実名で報道され続けることの影響を考えると、とてもかわいそうに思えました。
そこから「検索結果に表示される、自分の悪い情報を消すための意外な方法」という記事を書き、アメリカのサービスと同じように、いい情報が検索上位に表示されることで、乃木坂メンバーについての本当かどうかもわからない悪い情報を目に触れなくするという、本ブログの今も大切にしているコンセプトが生まれました。
忘れられる権利
元メンバーの橋本さんは、乃木坂デビュー以来、その人生の貴重な時期をアイドルとして駆け抜けました。
その貴重な時間をアイドルとして存在することで、ご自身のプライベートを犠牲にされたこともあったかもしれませんが、少なくともご自身の未来の生活や、未来の可能性まで犠牲にされたわけではありません。
アイドルを引退された今、自由に未来の可能性に向かって、普通の人と同じように自己実現していく権利があります。
ただし、乃木坂は有名になりすぎました。
道を歩けば多くの人が橋本さんと気づくだろうし、アイドルの時に本名で活動されていた分だけ、橋本奈々未という名前自体が、今後の自己実現の妨げとなることもあると思います。
芸能人の反対語が一般人ではないので、あまり使いたくない言葉なのですが、一般人になられた以上、普通の人と同じように自分の幸せを考えて努力できる権利があります。
橋本さんのアイドル活動で、たくさんのことを受け取ったわたしたちにできることは、一般人になられた橋本さんをそっとしておくことと、普通の幸せをつかんでほしいと願うことしかないように思えます。
今回のYouTube側の措置は、これから月日を経て少しずつ風化していく、アイドル当時の橋本奈々未の記録を少しだけ早める試みとして、ある程度理解できるような気がします。
残されたファンの心理
本ブログのTwitterアカウントでフォローしている人に、HNに橋本さんの名前を用いて、今でも橋本さんのことを毎日つぶやき続けている人がいます。
橋本さんは芸能界を引退されましたが、きっとこの方にとって橋本さんはとても大きな存在で、決して忘れることはできないのでしょう。
自分にとって損とか得とかという次元を超えて、毎日毎日橋本さんへの思いを表現されています。その思いはとっても純粋な分だけ心を打たれることも多いです。
橋本奈々未が残したもの
わたしもまた同じ思いです。
橋本さんのアイドル活動はずっと体調不良と闘ってきた歴史でもありました。体調不良でままならない時でも、忙しくてスケジュールが空かない時でも、いつでもテレビに映る橋本さんは凛とした存在でした。
一時の感情で動くことなく、気持ちの動揺にも微動だにしないような、いわば乃木坂を見守る大樹のような存在でした。
出典:テレビ愛知「乃木坂って、どこ?」#173
今でも器が小さく、忙しくあれこれと手を出してしまうときに、橋本さんを思い出して、ちゃんと自分が落ち着いてみんなをフォローできるようにしないと、と自分に言い聞かせています。
中元日芽香が残したもの
乃木坂46では中元日芽香さんもまた、今まさにグループを去ろうとしています。
アイドルというカテゴリを越えて、楽しそうに歌う中元さんの歌声に、感動して心が震えました。わたしに楽曲の感動と情熱を再び思い出させてくれたのが中元さんでした。
出典:日本テレビ「NOGIBINGO!5」#08
先週、久しぶりに学生時代を過ごした町田の街で、フォークギター1本にマイクで歌っている人を見ました。
すると一緒にいた友達に
「路上でマイクはだめだわ~、声を作って魅力的な声を出さないと、通り過ぎる人はフレーズも聞いてくれない」と語っている自分がいました。正直自分でも驚きました。
わたしがプロを目指そうと思ったきっかけが、20年前に町田の丸井の前でメンバーと歌い始めたことでした。まるでその時にタイムスリップしたように、音楽をえらそうに熱く語っている自分がいたのです。
そして、その夜長い間封印していたギターを持ち出してしまいました。
出典:テレビ愛知「乃木坂って、どこ?」#178
中元さんのような感動を届けたい、思いを表現したい、という音楽に情熱を傾けていた頃と同じ感情が、自然と湧き出していたのです。
自分の気持ちを代弁してくれる歌がないから始めたバンド活動と、中元さんがいなくなったら、楽曲に感動することがなくなってしまう、という思いがシンクロした瞬間のように思えました。
出典:日本テレビ「NOGIBINGO!5」#12
忘れられない権利
人の記憶というのは、残念ながら時間がたてばたつほど風化していくものです。
でもその人の記憶の中には、ときには忘れられない出会いや、忘れられない出来事があってもいいと思うのです。
アイドルというカテゴリでは次々と新しい若いアイドルが、デビューしていきます。
卒業したアイドルから、新しいアイドルのファンとなり、また同じような成長過程を応援するという、楽しみ方もあると思います。
ただ、わたしにとっては乃木坂メンバーに与えてもらったものは、あまりにも大きすぎて、アイドルというカテゴリから離れて、人生での大切で貴重な出会いになったように思ってしまいます。
アイドルというカテゴリでは、卒業したり引退したりしても、また新たな人がそのメンバーの代わりになり、役割を果たしていくことになるでしょう。
でもわたしにとって、乃木坂メンバーひとりひとりはアイドルという前に、かけがえのない個としての存在です。だから私の中でその人の変わりになる人は、残念ながらいないないのです。
アイドルをやめられても、それは強烈な体験や思い出として、わたしの記憶の中にずっと残り続けるでしょう。これが、今回感じたメンバーについての忘れられないわたしの権利だと思います。
出典:日本テレビ「NOGIBINGO!5」#08
権利を主張することはない
引退したメンバーを忘れられない権利について、自らブログに書いて記事にしたり、メインの記事でなくても多くの文字数を割いて表現したりすることは、これから先きっとないことでしょう。
記事の流れから、卒業されたメンバーについて、簡単に触れることは今後もあるとは思いますが、そのこと自体をメインテーマにして語ることはないと思います。
同時に要請があれば、YouTubeと同じようにそのメンバーについて扱った、本ブログの記事の削除には協力させてもらうつもりです。
忘れられない権利はあくまで自分の中だけの権利であって、ほかの人に話したり記事にして表明したりする類のものではないと思います。
記事にして表現した瞬間に、自分の忘れられない権利が、そのメンバーの忘れられる権利を侵害してしまう可能性があります。
思い出を与えてもらったメンバーへの感謝の気持ちは、自分だけの気持ちとしてそっと心にしまったまま、宝物としてずっと持ち続けたいと思っています。
以上忘れられない権利で苦しんでいる、同じような乃木坂ファンの参考になればと思って、こんな記事を書いてみました。
今回のかえるがおはここまでです。